新型コロナウイルスのまん延は世界中の人々の生活に大きな影響をもたらしている。175万人を超える感染者がいる米国もそうだ。外出の制限で24時間眠らなかった大都市から人けがなくなった。生活必需品の品薄状態が続き、行列嫌いとされる米国人が食料や消毒液などを求めて店の前に並んだ。いずれも半年前には考えられなかったことだ。
今回の騒動では、米国社会が内包する暗部もあらわになった。アジア系の人々が攻撃や嫌がらせの標的にされたことは知られているだろう。その影で銃や銃弾の売り上げが大きく伸びている。米国人の心の中で何が起きているのだろうか。(共同通信特約、ジャーナリスト=岩下慶一)
▽大手スーパーでも購入可能
米国内で新型コロナウイルスが感染拡大し始めたのは3月初めだった。このことを伝えるニュースなどに触れた人々が水や食料、トイレットペーパーなどの買い占めに走り多くの店で商品棚が空っぽになった。このことはテレビや新聞で連日のように報道された。その裏で銃や弾薬も小売店から消えていた。しかし、大きく報道されることがなかった。
米国で銃を購入するのはそれほど難しいことではない。銃器販売店に加えてウォルマートなどの大手スーパーやスポーツ用品店などでも販売されている。テニスラケットや缶詰といった日用品と一緒に銃や弾薬が売られているのは日本の読者にとっては想像もできないことに違いない。しかし、米国民にとって銃器はそれほど身近なものなのだ。
それが、飛ぶように売れたというのだから尋常ではない。中でも弾薬は品切れが続出し、CNNテレビなどが報じた。銃や弾薬を求める人々が販売店の周りを取り巻いている映像は筆者にとって衝撃的だったが、新型コロナウイルスに関する報道に埋もれて注目されることはなかった。
▽銃販売、2カ月で665万丁
新型コロナウイルスの流行を受けて、銃はどのくらい売れたのだろう。月別の販売数は発表されていない。そこで、連邦捜査局(FBI)のホームページに掲載されている銃器販売時に行う調査の申請数を見てみた。調査はほとんどの州で行われている。
ホームページによると、今年3月の申請は374万件を超えている。2019年の月平均236万4千件を大幅に上回り、1984年の制度発足以来最高の数字となった。4月の申請数も約291万1千件で、3月と4月で少なくとも約665万丁の銃の購入希望があったと推定される。
外出禁止令が出ていた米国で営業が許されたのは医療や食品、運輸などといった生活に必要不可欠な業種と指定された店のみだった。いわゆるエッセンシャル・ビジネスといわれる業種だ。
これに対し、いくつかの州などは銃器販売店も含めるべきだという議論が起きた。例えば、西部カリフォルニア州のロサンゼルス市は銃器販売店をエッセンシャル・ビジネスに指定しなかったが、同じ州のサンディエゴでは郡保安官が「重要な公共サービス」として営業を認めた。
カリフォルニア州やテキサス州では、銃器販売店への規制は米国憲法で認められている自衛権の侵害であるとして訴訟が起こされた。米連邦政府は4月、銃器販売店や射撃訓練場をエッセンシャル・ビジネスに認定。外出禁止令の下でも営業できるようになった。
▽自分で身を守るしかない
銃購入希望者数は、社会不安の高まりと見事にリンクしている。米国人にとって、銃は一種の精神安定剤のようなものと指摘する識者もいる。そのため、不穏な事態が起こる度に人々が銃や弾薬の購入に走ることになる。
12年12月14日、コネティカット州サンディフック小学校で銃乱射事件が起きた。児童を含む26人が犠牲となる痛ましいこの事件の直後にも調査申請件数が急増した。結果、278万件に達した。前月と比較して約80万件もの増加だ。15年12月2日にカリフォルニア州サンバーナディーノで14人が死亡する銃乱射テロが発生した。この時の調査申請件数は331万件を超え、初めて300万の大台に乗った。
今回の敵は目に見えないウイルス。銃で対抗できるとは思えない。販売店に走った彼らは銃で何を守ろうとしたのだろうか。
米国の銃社会に詳しいジョージア州立大学のティモシー・リットン教授は、二つの理由を挙げている。それは①感染者の爆発的増加を目の当たりにして、政府が機能不全に陥る恐れがあると判断。その際は自分で身を守るしかないと考えた②非常時において銃の販売が規制されることを恐れた―だ。
銃規制が予想される状況になると、一種の駆け込み需要が発生するというのは皮肉といえる。銃規制を掲げたバラク・オバマが大統領選挙に勝利した08年11月も、申請数は前月比で30%上昇した。
▽新たな問題
不安ゆえに銃を求める―。米国が陥っている依存症かもしれない。友人の米国人は次のように語る。「外出が規制されてずっと家にいると精神が不安定になってくる。誰かが押し入ってきたら、という不安を持つ人がいるのは理解できる」。そして、彼はこう続けた。「だからと言って銃を買おうとは思わないけれど」
米国における新型コロナウイルス感染は終息に向かいつつあるが、この2カ月間で全米にばらまかれた銃を回収する手だてはない。米国は新たな問題を抱えてしまった。
6月1日 47ニュース/Yahoo!ニュース配信
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