海洋冒険家の白石康次郎さん(49)が、アジア人として初めて世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローブ」に参戦している。4年ごとに開催されるこのレースは、肉体的にも精神的にも極限を求められ、世界一過酷とも言われる。6日、快晴のフランス西部レ・サーブル・ドロンヌ市の湾岸から、ほかの28人のヨットマンとともに出航した。
無寄港
60フィート(約18.25メートル)のヨットに1人で乗り込み、外部からの援助を一切受けず、どこにも
寄港せずに世界一周を果たす。出航後はまずポルトガル沖を通り、赤道を通過。南アフリカの喜望峰を回り込み、南極近くの氷山が漂う海を航海する。南アメリカの最南端ホーン岬を回って、ブラジル沖を北上してフランスに戻る。前回2013年の大会では、フランソワ・ギャバールが新記録の78日2時間16分で戻ってきた。風の力だけが頼りだ。
フランスでのヴァンデ・グローブの盛り上がりはすごい。レース艇が停泊する港のイベント会場に
は、スタート日の3週間前から累計100万人もの観客が訪れた。スタート日前後は、40キロ圏内の宿泊施設がいっぱいになるほどの熱狂ぶりだった。
自転車レースのツール・ド・フランスと同じく年配者から小さな子どもまで、家族みんなで楽しんで
いる。6日の出発日は、30万人が堤防とビーチから、約1000艇が海上から、出航するヨットマンたちにエールを送った。
レース名の「ヴァンデ」とは、ボルドーの北西にある県名。白浜のビーチで有名なレ・サーブル・ド
ロンヌ市からスタートして世界(グローブ)を1周して同じ場所に戻ってくるため、このレース名となった。
「区間に分割されているレースは寄港する度にリズムが乱れる。どこにも寄らずに、単独で、世界一周するレースをしてみたいな。参加する奴はいるか?」
ヨットレーサーだったフィリップ・ジャントがレース仲間と交わしたジョークが、極限のヨットレースを生んだ。
成功83人のみ
スタート前、白石さんは「まずは日本人初出場、初完走を目指します」と今回の目標を話した。単独でどこにも寄港せずレースで世界一周を成し遂げたのは83人しかいない。宇宙航空研究開発機構のホームページによると、昨年12月現在、宇宙に行ったのは545人。この数字をみても、完走するのがどれだけ精神的、肉体的に難しいかが分かる。
一般客がレースヨットを見るために桟橋に降りる坂がある。「あの坂から(参戦する)ヨットに乗るまで、僕は30年かかりました」と白石さんは謙虚に笑い飛ばすが、ヴァンデ・グローブは参加条件が厳しく、スタートラインに立つのが困難だ。
レースが過酷なので、ほかの世界一周レースか大西洋横断レースを近年に完走した経験が必
須だ。そして中古でも約1億円するレースヨットを購入するための費用も工面しなければなら
ない。
冒険満載
レース中は、20分ほどの仮眠を繰り返し、平均睡眠時間は1日4時間。1日3回の天気予報を
チェックして進路や使うセールを決める。3カ月の間、肉体と頭脳と知識をフル回転し続ける
ヨットマンたち。
しかし自然も相手にするレース中には予想外のことが起きる。マットの折損、クジラと衝
突、ヨットの転覆…。さらに転倒して肋骨を折ったり、舌を切ったり。不慮の事態に、たった
1人で対処しなければならない。
彼らの通る海は世界の果てである。ヨットには自分1人しかいないので、船が転覆したり深
刻な事故の場合、一番早く救助に向かえるのは同じ海上にいるレース選手である。事故時は一
番近い選手が救助に向かうのが義務だ。過去7回の大会で、選手が救助に向い、競争相手の命
を救ったケースは何度もある。競いつつも、仲間なのだ。
次は日本製で
今大会の注目点は、参加する29艇のうち7艇が、艇の一部を水上に押し上げることができる
フォイルを装備していることだ。スタート直後は、フォイルを装備した艇が上位を占めた。
フォイルの装備により、スピートを2割ほどアップできる。安定性と選手への身体的影響に
ついては、今大会で判明するだろう。スピード効果が結果にどれだけ影響するかが今回の議論
点だ。
優勝候補のルクレアッチ選手は「フォイルを使うのは良い天候状況の時だけ。その時点のス
ピードが2割増しになったとしてもレース全体からみれば2%程度なのでレース自体に大きな影
響を与えるとは思わない」との見方を示した。
好スタートを切った白石さん。レース直前に「今回完走したら、次回は新艇、日本製の新し
い艇に乗って勝ちを狙いたい」とさらなる目標、かなえるべき夢を語った。(パリ在住ジャー
ナリスト、鎌田聡江=共同通信特約)