イタリアワインは、ドイツに輸入される外国産ワインの量において、長年トップの座を維持している。ドイツにはイタリア移民が経営するレストランが多く、イタリアワインの情報は豊富だ。世界的に知られるトスカーナ州やピエモント州のワインだけでなく、北端のトレンティーノ=アルト・アディジェ州や南端のプーリア州、シチリア州のワインも日々の食卓にのぼる。
しかし、長靴のかたちをしたイタリア半島のつま先に当たるカラブリア州のワインは、ほとんど知られていない。同地は古代ギリシャ人が移住してぶどう栽培を始め、紀元前6世紀以前に「エノトリア」すなわち「ぶどうの大地」と呼ばれ、他地域に先駆けてワイン文化が開花したが、近年においては秘境であり続けた。
カラブリアワインを牽引するクロトーネ県
カラブリア州中部、イオニア海に面するクロトーネ県のチロ・マリーナに本拠地を置くリブランディ社(Librandi)は創業1950年。カラブリアのワイン界を牽引するワイナリーだ。生産担当のニコデモ・リブランディさんは、カベルネ・ソーヴィニヨン、シャルドネなど、世界各地で栽培されているぶどう品種を使ったワインで成果をあげつつ、 イタリア国立研究所(CNR)の植物保護研究所と共同で、地元固有のぶどう品種の研究、クローン選別を進めている。
一帯はワインの認定産地チロ(DOC Cirò)として知られ、ギリシャ由来といわれる赤ワイン用ぶどう品種、ガリオッポが多く栽培されている。古代ギリシャのオリンピックで選手に供されたワインが、チロ産のガリオッポだったという伝説もある。「ガリオッポは栽培が困難だが、偉大なワインを産む可能性を秘めている」とリブランディさんは言う。
ガリオッポ種にこだわるワイナリーは多く、セナトーレ社(Senatore)、ラ・ピッツータ・デル・プリンチペ社(La Pizzuta del Principe)、ルッソ・エ・ロンゴ社(Russo e Longo)社などが高品質のワインを生み出している。若手の醸造家も育っており、「チロ・ボーイズ」というグループを結成し、情報交換し、助け合ってワイン造りに取り組んでいる。
知られざる北部のコゼンツァ県
カラブリア州北部のコゼンツァ県では、赤ワイン用品種のマリョッコが多く栽培されている。 かつてガリオッポと混同されていたが、実は別品種。カベルネ・ソーヴィニヨンに似たタイプの赤ワインができるという。テレ・デル・グフォ社(Terre del Gufo)の主力ワインはマリョッコ100%の赤。セラカヴァッロ社(Serracavallo)では、マリョッコ100%のほかに、カベルネ・ソーヴィニヨンやトスカーナの品種サンジョヴェーゼとのブレンドにも挑戦し、成果をあげている。コラチーノ社(Colatino)もマリョッコの栽培に力を入れ、単一品種で高品質のワインを生産している。
イタリア・ソムリエ協会カラブリア支部長で、カラブリアワインのマーケティングに従事するジェンナロ・コンヴェルティーニさんは「赤のガリオッポとマリョッコ、白のグレコのポテンシャルが高い」と語る。しかしカラブリア州では、近年に至るまで複数の品種が混植栽培され、ブレンドワインが生産されていた。一品種での醸造は生産者にとって新たな挑戦だ。
希少なサラチェーナ村の名産
コゼンツァ県の北端に位置するサラチェーナは過疎の村だ。第二次世界大戦後、村人がこぞってドイツに移住し、今ではドイツに渡った移民たちが過疎の村を経済的に支えているという。村の名産はモスカート種のパシートだ。パシートとは、収穫ぶどうを干してから仕込む甘口ワインで、イタリア各地に例があり、それぞれ地元のぶどう品種で造られる。現在、モスカート・ディ・サラチェーナの生産者は、ディアナ社(Diana)、ヴィオラ社(Viola)、フォイド・ディ・サンセヴェリーノ社(Feudo dei Sanseverino)の3社だけ。伝統が途絶えないようにと、コンヴェルティーニさんの宣伝にも熱がはいる。
1950年代後半からドイツに「外国人労働者」として移住したイタリア人の多くは、カラブリア州をはじめとする南イタリアの辺境地帯出身の人々だった。彼らの労働力によって、戦後のドイツは著しく復興したが、イタリア辺境のワイン産業は低迷した。しかし今、コンヴェルティーニさんたちのプロモーション活動の成果もあり、ドイツでカラブリアワインが注目されつつある。3月末にドイツ、デユッセルドルフで開催された世界最大のワイン見本市「ProWein」では、連日カラブリアワインのセミナーを行うコンヴェルティーニさんの姿があった。
書き下ろし (撮影/岩本順子)