新学年が2月から始まるニュージーランド。この時期、日本でいえば高校最後の学年にあたる13年生の進路がほぼ確定する。友人の子どもがどんな進路を選んだか、興味津々で尋ねてびっくりした。てっきり大学に行くとばかり思っていた、成績優秀で品行方正、さらに生徒会長を務めるA君をはじめとして、将来を嘱望される13年生たちの一部が大学には進まないというではないか。
▽大学離れの裏側
調べたところ大学離れの傾向は私の周りだけではなく、全国的に見られる。昨今、「大学に行けば、良い仕事に就くことができ、生活も安泰」という通念が覆されていることと、返済の焦げ付きが問題化している「学費ローン」が原因のようだ。
ニュージーランドでは、学費は親ではなく学生本人が支払うのが一般的で、学生たちは政府による無利子の学費ローンを利用することが多い。2015~16年の学費は、学士課程の場合、約6千NZドル(約48万円)。OECD(経済協力開発機構)加盟20カ国中、7番目に高いそうだ。6月現在、学士修了者のローン返済金額の平均は約3万NZドル(約240万円)に上り、返済完了には平均8年半かかっている。大学を出て、いよいよ人生を謳歌(おうか)しようという若者にとって重い足かせ以外の何ものでもない。
また、「大学に行けば就職できる」という既成概念を崩している原因のひとつに、大学生の学力低下が挙げられる。大学に入学するには、11~13年生で高校卒業資格試験、13年生で大学入学資格試験を受け、おのおののテストで合格すると与えられる単位数を3年間ためる。大学・学部には入学を許可する規定の単位数が設けられているので、志望者はそれを上回る単位数を取得しなければならない。
だが、両資格試験の難易度そのものが下がっているという指摘がある。その結果、規定単位数をクリアしているものの、以前の大学入学者ほど学力がない者が大学に進学できるという事態が起こっている。入ったはいいが、専門性が高い上に優等生でさえついていくためには高校の比ではない勉強量をこなす必要がある大学の授業に、学力不足の学生の多くはついていけない。結果的に、うまく卒業できたとしても、求職時に企業側が求める大卒レベルの能力に達せず、学生は仕事探しに苦労する。
▽見習いルネサンス
大学に代わって、高校を卒業した若者に人気の進路が「見習い」だ。ニュージーランドでの見習いには、「実際の職場で働きながら技術・資格を身につけるタイプ」と「政府の制度を通してそれを行うタイプ」の2種類がある。政府主宰のものは「ニュージーランド・アプレンティスシップス」と呼ばれ、実地体験の前に、関連学科の講義を受けることが義務付けられている。大学の人気が高まった1980から90年代にかけて激減した見習い数の増加を図るため、2002年から始められた制度だ。
実際、16年に見習いを選んだ若者の数は大学進学者数を大きく上回っている。職場での見習いは14万8千人で、前年比12%増。そして、「ニュージーランド・アプレンティスシップス」の見習いは約4万3千人で2.4%増。合計人数は19万1千人に上り、「見習い『ルネサンス』」ともいえる活況を見せている。一方、大学進学者は14万6千人にとどまっている。
見習いの魅力は、経済面と就職面にある。大学の学費に比べ、見習いの訓練費は年に400~500NZドル(約3万2千円から4万円)。スキルを学べると同時に給料も出る。学費ローンを利用する必要はなく、就職に困ることもない。見習いをした企業で仕事を続けたり、資格を得た時点で起業したりすることが可能だからだ。
中でも、見習いを経て何らかの資格を得た後、建築関係の仕事に就いた者はひっぱりだこ。10、11年にカンタベリー地方で起きた大震災の復興や、国内最大の都市オークランドで起きている住宅不足解消のために、建築ブームが起きており、技能者の数が追いつかないからだ。
▽有資格VS無資格
9月下旬に求人市場上、見習い修了者や大卒といった有資格者にライバルが突如出現した。それは「無資格者」。国内企業100社以上が無資格者の採用を積極的に行うと宣言したのだ。高等教育の資格がなくても、能力やスキル、積極性、モチベーション、協調性があれば、技術職に採用するという。優秀な人材確保に必死な企業は、資格が必ずしも個人の能力を反映しているとは限らないと考え始めているのだ。これらにニュージーランド設立の世界的企業であるクラウド会計サービスのゼロを始め、ASB銀行や乳産業会社のフォンテラ、電力会社のベクターといった大手企業が名を連ねる。
求人情報も扱う、国内最大のネットオークションサイトであるトレード・ミーは、この動きに合わせて検索する際の「経験」のカテゴリーに「資格不問」を設けた。同サイトに資格不問として掲載される求人は、本来であれば有資格者のための仕事だ。
「大学へ行けば何とかなる」から「大学より見習い」へ。そして今、実力さえあれば「無資格でも就職できる」という時代を迎えている。この風潮は、ローンを背負ってでも必死に大卒資格を得ようとする大学生や、現在引く手あまたな見習いの立場を脅かすことになるだろうか。(ニュージーランド在住ジャーナリスト クローディアー真理=共同通信特約)
共同通信:47News デジタルEYE 11月7日配信分