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【世界から】ドイツ、伝統芸能が生き残るために必要なものとは


赤ちゃんでも楽しめるプログラムも用意されている。もちろん、親子で参加できる(C)Niklas Marc Meineck

ドイツ。そう聞いて、多くの人が思い起こすイメージは何だろう。質実剛健、物作りの国、サッカー…。だが、別の顔がある。オペラ大国なのだ。歌劇場は80以上あり、その数は世界で最も多いという。オペラ発祥の地イタリアよりもはるかに盛んだ。

歌劇場の形態もさまざま。筆者が住むハンブルクの州立歌劇場はハンブルク・オペラ、ハンブルク・バレエ、ハンブルク・フィルハーモニカーの拠点である。この中では、米国人振付家ジョン・ノイマイヤーが率いるハンブルク・バレエの名声が高いが、オペラも盛況だ。音楽監督・首席指揮者を務めるのは日系米国人のケント・ナガノで、芸術監督はスイス人演出家のジョルジュ・デルノン。歌劇場はバレエとオペラが、フルオーケストラの演奏で代わる代わる上演される魅力的な場所となっている。レパートリーもバレエが70作品、オペラが60作品と幅広い。

筆者はバレエが好きで時々鑑賞に出かける。一方、オペラは難解なイメージを持っていることもあって、なかなか足が向かなかった。ところが、2年前にハンブルク・オペラが制作を依頼した作品「海、静かな海(Stilles Meer)」(細川俊夫作曲、平田オリザ脚本・演出)を見て心を揺さぶられた。東日本大震災と福島第1原子力発電所の事故を背景に繰り広げられる日本のオペラの迫真力、上演を実現したハンブルク・オペラの取り組みに衝撃を受けた。以来、ハンブルク・オペラのことが気になり始めたのである。

広報部長のミヒャエル・ベルガルトさんは「歌劇場の運営には、作品の選択、解釈、質の高さが大事だが、常に新しい試みに挑戦することも大切。『海、静かな海』のような作品を上演することは、とても重要なことだ」と語る。

歌劇場ごとに違う演出

ドイツでオペラといえば、毎年7月から8月にかけてドイツ南部の小都市バイロイトで開催される「バイロイト音楽祭」が最も知られているだろう。「リヒャルト・ワーグナー音楽祭」とも言い、バイロイトにゆかりがある作曲家で日本でもファンが多いワーグナーの主要作品だけが上演される。ワーグナーのファンだというアンゲラ・メルケル首相が毎年訪れることでも知られる。

ドイツでは、主要な歌劇場の演出作品が地方巡回することはまずない。各歌劇場がそれぞれの作品をそれぞれに異なる演出で上演しているからだ。だから、バイロイト音楽祭に行けなくても各地の歌劇場で異なる演出のワーグナー作品を観劇することができる。ドイツの歌劇場の約3分の1がワーグナー作品をレパートリーに持っているそうで、ワーグナー好きの中には演出の違いを楽しむため、ドイツ各地の歌劇場巡りをする人もいるほどだ。

オペラをわかりやすく

ドイツに住んでいるのだから、一度はワーグナー作品に触れたいと思っていたら、昨年11月に機会が巡ってきた。4夜、計16時間にわたる超大作「ニーベルングの指輪」(クラウス・グート演出)がハンブルク・オペラで通し上演されるという。上演に合わせ「ニーベルングの指輪」のワークショップも開催されるという。4日間、計18時間も掛かるオペラ並みに長時間の入門講座だが、予備知識なしは不安だったのでこちらにも参加することにした。

オペラ評論家のフォルカー・ヴァッカーさんが講師を務めた講座の参加者は約60人。私のようにワーグナーは初めてという人も15人ほどいた。講座は予想に反して笑いにあふれており、近寄りがたかったワーグナー作品の面白さや過去の演出とその反響などについて知ることができた。このため、長時間の講座があっという間に感じたほどだ。もちろん、本番の公演も楽しんで見ることができた。

近年、オペラと聴衆の距離が広がったとされる。しかし、ハンブルク・オペラは常にその距離を縮めるように努めてきた。重要視したのがナビゲーター。日本の歌舞伎や文楽でもそうだが、伝統芸能の面白さや魅力を後世に伝えるには知識豊富な案内役が必要だ。ワークショップの他にも、新作や主要作品の開演前には20分程度の無料講座を実施している。「ニーベルングの指輪」の上演前にもこの「20分講座」が開かれ、ホテルなどのロビーに当たる「ホワイエ」は毎回300人近い聴衆で埋まった。

誰にでも開かれた場所

ベルガルトさんを訪ねた日には「アドヴェント(待降節)カレンダー」というイベントが行われていた。「アドヴェントカレンダー」とは子供向けのクリスマスカレンダーのこと。日付ごとに設けられた〝窓〟を開けると、中に入っている小さなお菓子などをもらえる仕組みになっている。歌劇場ではクリスマス前の12月1日から23日まで連日、ホワイエを無料開放。所属の歌手やダンサー、音楽家などが短い作品などを演じている。オペラと縁がなかった人も、気軽に立ち寄り、プロの仕事に触れることができる。「歌劇場はこんな風に誰にでも開かれた場所でなければならない」。ベルガルトさんが力を込める。

子供向けの催しも充実している。歌劇場のサイトには子供やティーンエージャー向けのページが設けられ、子供が楽しめる作品やワークショップの日程を網羅しているが、その数の多いことに驚く。フィルハーモニカーのメンバーは、1980年代から学校訪問などを行い、子供たちに楽器体験の機会を提供しているそうだ。6年前からは、親子で参加できる赤ちゃん向けの音楽演劇を実施している。幼い時にプロの演奏や演技とじかに触れることは、かけがえのない体験となる。

チケット代も比較的安く抑えられており、財布に優しい。歌劇場の運営には州政府から予算が割り当てられているからだ。ハンブルクの場合、料金は10段階になっており、演目により、価格は異なるが、現在上演中の「魔笛」(モーツァルト)の場合、最も安い席だと何と6ユーロ(約750円)。最も高額な座席でも109ユーロ(約1万3500円)だ。加えて、複数のチケットをセットで事前購入すると、最大で30%の割引となる。フランスやイタリアも似たような価格設定だ。一方、日本ではチケット代が2万円を超える公演が珍しくなく、中には6万円近い公演もある。一概に比較してはいけないのだろうが、ドイツなどがかなり低価格なのが分かる。

後継者育成も

ドイツの歌劇場の多くは「インターナショナル・オペラスタジオ」という制度を導入している。これは新進歌手に職業訓練の機会を提供するもので、ハンブルク・オペラでは企業財団の支援を受けて、1994年にスタートした。近年、オペラ歌手は歌唱力に加え、高度な演技力を要求されるようになっている。そのため、専門大学などでは学ぶのが難しい現場での実践力を養うことが目的だ。

訓練生は期間中、歌劇場の上演作品に参加するほか、訓練生だけで新作オペラの制作実習などを行う。ハンブルクの場合、訓練期間は2年。8人の枠に世界中から多数の応募があるという。伝統芸能は後継者不足がしばしば問題となるが、ドイツのオペラ界には当てはまらないようだ。(ハンブルク在住ジャーナリスト、岩本順子=共同通信特約)

ハンブルク州立歌劇場=岩本順子撮影

「アドヴェントカレンダー」の様子。この日はダンサーがバレエの制作風景を披露していた=岩本順子撮影

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