びっくり仰天の支援策
フラットな一律支給
新型コロナウイルスの影響拡大を踏まえ、スコット・モリソン首相は三月三〇日、経済刺激パッケージ“冬眠戦略”第三弾を発表した。
その柱となる「ジョブキーパー(JobKeeper)助成金」は、失職者が急増する中、雇用の維持を狙ったもの。従業員一人につき二週間ごとに一律一五〇〇豪㌦(約一〇万円)を最長六カ月助成する、という思いきった内容だ。予算は一三〇〇億豪㌦(約八兆七〇〇〇億円)。質疑応答で立法措置について問われた同首相は、既に野党の支持を得ており、速やかに国会を再召集して法案を通すと断言した。実際、四月八日には成立した。
(冒頭写真: 連邦政府は新型コロナウイルス関連の最新公的情報を「WhatsApp」チャネルや、公式アプリを通じて、頻繁にアップデートしている)
生中継直後、ニュースキャスターはその規模感を「びっくり仰天(gobsmacking)」と表現した。直接的な雇用支援策が含まれることが想定されていたのに、誰もが驚きを隠せなかったのは、対象が広範囲で、雇用形態や勤務時間数に関わらず一律支給となったからだろう。
助成を申請できるのは、売上高が三〇㌫以上(非営利団体は一五㌫以上、大企業は五〇㌫以上)減少した企業や個人事業主で、全額を本人の給与として支払わなくてはならない。オーストラリアの雇用形態は、週三八時間以上働く「フルタイム」、勤務時間数の少ない「パートタイム」、不規則な「カジュアル」の三種類に大別されるが、一年以上勤務しているカジュアルも同じ扱いで、勤労人口の約半分にあたる約六〇〇万人が恩恵を受けると見られている。
緊急時の経済政策が効果を発揮するためには、規模や内容だけでなく、タイミングが大きなカギを握る。
英国が導入した給与の八割助成を望む声の高まりに対して、モリソン首相は、制度の異なる他国のやったことを「切り貼り」しても、うまくいかないと否定していた。フラットな一律支給は、いかにもオーストラリアらしく、事務作業は遥かにシンプルだ。
こだわったのは既存システムの活用。手続きが簡略化でき、不正防止にも有効だからだ。オーストラリア税務局(ATO)は、STPと呼ばれる給料電子報告システムを通じて、給与額や源泉徴収額等をリアルタイムで把握している。また、大半の事業者から毎月あるいは四半期ごとにBAS(事業活動報告書)を電子的に受け取っている。助成金の給付は、三月末締めのBAS提出後、五月第一週から開始され、遡って三月三〇日から適用される。
モリソン首相は、新型コロナ危機を「一〇〇年に一度の出来事」と早い段階で位置付け、「長期に渡る経済や生活への影響は不可避」と繰り返し発信し、「少なくとも半年は継続する」と、国民に持久戦への覚悟を求めた。「命を守ること」が最優先という姿勢は、一貫しており、罰則のある外出制限や施設の閉鎖、社会的距離の確保等、生活に多大な影響を及ぼす方針を果断に導入した。一方で、難局を乗り越えて力強く再起するためにできることは何でもすると明言。支援は、私権や自由の制限と同時並行的に進められた。
半月余りの間に続々と決定 支援策総額はGDPの一六・四㌫ 社会的弱者や中小企業等にターゲットを絞った経済刺激パッケージの第一弾が発表されたのは、三月一二日のこと。一〇日後の二二日には、低所得者や中小企業支援を軸にした第二弾が発表された。そのほかの政策を含め、半月余りの間に続々と決定された経済支援策の総額は、三月末時点で約三二〇〇億豪㌦(約二一兆四〇〇〇億円)。GDPの一六・四㌫に相当する莫大な予算は、着々と実行に移されている。
まず、年金や家族税額給付金(Family Tax Benefit)の受給者、失業者を含む社会保障受給者、及び退役軍人には、一人当たり七五〇豪㌦(約五万円)の一時金。特別な手続きは不要で、既に三月三一日より順次対象者約六五〇万人の銀行口座へ自動振込され、七月にも再び同額が給付される。
本来求職者が受け取る「ジョブシーカー(JobSeeker)手当」は、対象範囲を半年間限定で拡大。一時帰休等により収入がない場合も申請可となり(※ジョブキーパーと同時受給は不可)、財産テストも免除される。さらに隔週五五〇豪㌦(約三万七〇〇〇円)の特別手当上乗せにより、半年間はほぼ倍額支給となる。
通常は一定の年齢に達するまでアクセスできないスーパーアニュエーション(積立型退職年金基金)も、特例措置により、最大二万豪㌦(約一三四万円)下ろすことが可能になった。
中小企業へは、キャッシュフロー支援として、半年間で合計最低二万~最大一〇万豪㌦(約六七〇万円)が、これまたBAS提出後、自動的に給付される。条件は年間売上高五〇〇〇万豪㌦(約三四憶円)未満で従業員を雇用していること。そのほか、研修生の賃金半額補助や、新規借り入れの五〇㌫政府保証等も導入された。
日本では、安倍晋三首相が「過去最大規模の緊急経済対策を一〇日程度で取りまとめる」と三月二八日に発表し、大型連休前に国会で成立させたい考え、と報道されていた。数日後、「お肉券の構想が頓挫」「布マスク配布決定」といったニュース記事をネットサーフィン中に見かけたときには、あまりの温度差とスピード感の違いに思わず笑ってしまった。
安倍首相がようやく緊急事態宣言を発令した後に、東京都が休業要請を実施した四月一一日の午前一〇時半時点で、日本国内の感染者数は六一八八人、死亡した人は一二〇人だった(NHKまとめ・クルーズ船乗船者を除く)。一方、オーストラリアで感染が確認された人は、同日午前六時時点で六二三八人、死亡した人は五四人(連邦保健省発表)。厳格な措置の効果が表われつつあり、新たな感染者は三月二八日をピークに減少傾向にある。
一連の騒動の中、モリソン首相は、「ルールブックは存在しない。今我々は未踏の領域にいる」と述べた。平時の連邦予算案は、新会計年度スタートの約二カ月前(五月第二火曜日)に公表されるが、今年は一〇月へ延期された。危機対応のため、連邦と各州・地域の首相・首席大臣から成る史上初の「国家内閣(National Cabinet)」が三月半ばに発足すると、頻繁に会議が行われ、先例のない大胆な措置の導入や変更、支援策等が次々に発表になり、オーストラリア社会は劇的に変わった。今はただ、数々のスピーディーな英断が功を奏することを祈りたい。
(オーストラリア在住ジャーナリスト 南田登喜子)
<世界総覧>~世界はどう動いているのか~「オーストラリアをもっと知ってほしい」
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